ある美しい日のシャンソン
2007年10月〜11月、録音制作された。(mp3, 5'30, 7.5MB)
夜に花開くもう一つの世界の歌。
恋の歌。
曲の原形となるギターのリフを思いついたのは随分と昔のことだ。その後、眠れない夜の風景を眺めながらとか、長い旅の最中だとかに、その時、目にしていた風景や、風景が漂わす気配のようなもの、感じた気分で歌詞をつけていった覚えがある。
目の前の高揚は、いずれ倦怠、あるいは失望へと変わるかもしれないが、その刹那を永遠に刻みつけたいと願うなら、それは歌になるだろう。憚ることなく。
<歌詞>
闇に目を凝らし 君に色を付けてみた
君の声は水晶色 君の瞳は夜明けの色
街をすっぽり覆ったカーテン
俺は不眠症 じっと晴れの日を待って
時計が一秒 また一秒
知れば知るほど色褪せていくんだ
美しい日が
俺も君も不眠症ならば 夜、デートできるね
灯りの消えた遊園地や 通りの静寂が見られるね
街をすっぽり覆ったカーテン
夜は荒ぶる生き物 熱病のような
君よ振り返り俺の手を取れ そこは河だ
泳いでいけるさ
美しい日を
街が起きた時には、きっと覚めてしまう
君につけた色も褪せてしまう
街は真っ暗だ
美しい日よ
君の声は水晶色 君の瞳は夜明けの色
<使用道具>
グンガール | マラカス | ドーラック | リコーダー | クラシック・ギター | フォーク・ギター | 弓奏ギター | マンドリン
ある美しい日のシャンソン Guitars & Recorder Version
ある美しい日のシャンソン Studio Rehearsal 15 Sep. 2007
通りの向こう、果てを見る
2007年8月録音制作された。(mp3, 5'15, 7.2MB)
随分と昔、凄く若い時に書いた曲で、その時には書いた自分自身、よくわからないところがあると言うか、説明できない部分があるような曲だった。その後、曲と対話し続け、いくらか添削もしたものだ。
この夏、どうしたことか人前で演奏する機会があり、更にまた、どうしたことか、なぜだかこの曲を演奏してみたくなった。この曲の行間には、幾年もの俺が刻まれている気がする。いずれまた、この曲の歌詞は生涯終わることなく書き変えられる気もするので、ここにお送りする演奏は、とてもシンプルな編成で、2007年の夏の濃厚な気配を刻んでみようと思ったものだ。
<歌詞>
昼に影差し 夜に漂う
それは果てしない復讐にも似た甘さで
バスに乗ってやってきてね
澄んだ声で歌ってね
俺も君も異邦人 知り合えようものか
俺の彼方 割り切れぬほど遠く自由な君がいる
通りの反対側に 俺は果てを見る
闇に沈んで行く嘘に口づける
延々と続くだろう 虚しい愛撫の如き日々が
並木道で君を捕まえた
柔らかい風が吹いた
君のことがとても知りたかった
俺のことがもっと知りたかった
見たことのないものを見せられたなら
触れたことのないもので触れあえたなら
少し変わり 少しも変われない俺を
置き去りにして手を振る君がいる
通りの反対側に 俺は果てを見る
あなたに近づけたら ああなんていいだろう
<使用道具>
杖鼓 / リコーダー / クラシック・ギター / マンドリン寒い国のクロニクル Studio Rehearsal 11 Aug. 2007
帰路
2007年5月から2007年7月にかけ録音・制作された。(mp3, 5'19, 6.7MB)
Original Music: Neo-Fusion / wo_seven
Music: I.Jet
Lyric: 移動式音楽班
wo_seven / Neo-Fusion のカバー。カバーさせていただく事を快諾してくださったwo_seven氏に感謝します。
原曲の演奏のいくつかの部分と基本的な構成をベースにしながら、かなり自由にアレンジさせていただいている。一見、バラバラな要素がひとつになるような印象、まるで、聖なる場所への音の巡礼のようだなと、原曲から感じたものだ。そんな漂う印象はそのままに、遠いところからの帰り道という構成をイメージしてみた。どこか、遠いところからの帰り道、艶っぽい思いで頭がいっぱいになる。艶の報いか、裏切りか、罠か、不運か、それは知らぬが、男は困窮する。
<歌詞>
向こう側から 戻る途中
向こう側を 俺は見た
今は 君のことでいっぱいだ
ずた袋の中身 乾いた木の実 かさついた葉っぱ さかなの干物 味気のない豆
食うものも食い尽くし 迷い果てる帰り道
君のことばかり考え 道しるべ通り歩いてきたが
なぜかこの様
何の仕業なのだろう 謎、 闇
君の唇の味を思い出したいんだ
向こう側から 戻る途中
ずた袋の中身 まあるい石ころ 尖った貝殻 摘んだ花びら こぼれた種子
墓標か それが俺の 見つからぬ帰り道
これが仕組まれた筋書きで もう戻れないのだとしたら
実に無様
何の仕業なのだろう 薄々、 確信
君の唇の形 なぞりたいんだ
向こう側を俺は見た
向こう側を俺は見た
君の唇の味を覚えておきたいんだ
君の唇の形 覚えておきたいんだ
太陽 焼き尽くしてくれ 俺を 激しく焼き尽くしてくれ
夜よ 消し去ってくれ 俺を 冷たく消し去ってくれ
巡礼
焼き尽くしてくれ 太陽 跡形もなく焼き尽くしてくれ
消し去ってくれ 夜よ 優しく消し去ってくれ
巡礼
<使用道具>
ダラブカ / ドーラック / カズー /鍵盤ハーモニカ / クロマチック・ハーモニカ / ケーン
/ エレキ・ギター / クラシック・ギター / フレットレス・クラシックギター / プリペアード・ギター
移動祝祭日
2007年2月から2007年6月にかけ録音・制作された。(mp3, 4'53, 6.7MB)
2006年10月9日「明滅」の歌唱部分に焦点を絞り、一曲に組み立てた曲です。また、リズムとクラシック・ギターの演奏は2006年7月17日「ヌーの歌」での演奏がモチーフになっています。
自分を形成した街というものがあるならば、そこを離れて生きていてもその街は常に共にある。その街で見た深淵あるいは奈落は、そこに飛び込んだものにとっては、生き方のあらゆる局面でその姿を露わにするだろう。
感傷、というものが心に浮かんだなら、それは鋭い刃で切り刻まれる。どうせどこにいようと流れる身であり、また、どこに流れようと追いかけてくる街がある。飲み込みつづけた苦い唾は、ある日、吐き出される。吐き出されなければならない。呪詛の言葉か、歓喜の言葉か、そんなことは知らぬ。その「ある日」。
<歌詞>
その街にブライトな青春と
その街にダークな青春が刻まれていたなら
他の街はその街の代わりにはなれない
眠れずに過ごした長い夜
愚かでマヌケでデカダンスの証し
眠れずに過ごした幾つもの夜
愚かでマヌケでデカダンスの香り
その街にブライトな青春と
その街にダークな青春が刻まれていたなら
他の街はその街の代わりにはなれない
(光の中へ)
(赤 青 白)
その街にブライトな青春と
その街にダークな青春が刻まれていたなら
他の街はその街の代わりにはなれない
眠らずに過ごした暑い夜
ざっくり開いた裂け目から漏れる光
眠らずに過ごした明け方の街
ぽっかり開いた穴を覗けば漆黒
その街にブライトな青春と
その街にダークな青春が刻まれていたなら
他の街はその街の代わりにはなれない
<使用道具>
ムビラ / ダラブカ / デフ / ドーラック /リコーダー / エレキ・ギター / クラシック・ギター / 擦弦クラシック・ギター
海の物語
2007年2月から2007年5月にかけ録音・制作された (mp3, 1'44, 2.0MB)
ジャン・コクトー Jean Cocteau によれば河の欲望とは次の通り。
河の欲望は海なのだ。河は長い旅の終わりに海と接吻し、いとも楽しげに海へ流れ込むのだ
『大胯びらき』 ジャン・コクトー 澁澤龍彦訳 福武書店 1989年
きっと、そんな言葉や、不条理な感覚などが混ぜこぜになって書かせた曲なのだろう。決して作りこまれてはいないちょっとした弾き語り風の曲。
川を下ればいつか海に辿り着くのだろう。昔から川が好きだった。そして海は遥か彼方の風物だった。12歳のとき、初めて海を見た。
<歌詞>
記憶を遡り 川を下る
海が見えたその時 川は船を裏切る
俺は川底に沈んでいく
海よ
辿り着けぬ海よ
<使用道具>
サズ寒い国のクロニクル
2007年2月から2007年4月にかけ録音・制作された (mp3, 2'13, 2.5MB)
極めて即興的に演奏・構築された曲。移動式音楽班にとっては最も尖がった、ロック的な作品である(と思うよ)。ある種の傾向の頂点であり、極点である(と思うよ)。
<歌詞>
故郷は死んだ
ここは始まりでも終わりでもない
故郷は死んだ
ここは始まりでも終わりでもない
全周が凍りついた
俺の声が沈んでいく
それだけの寒い国
この雪は、この風は何の仕業か
剥き出しの魂
俺は流転するもの
故郷は死んだ
ここは始まりでも終わりでもない
故郷は死んだ
ここは始まりでも終わりでもない
<使用道具>
ベル(インド製) / チャフチャス / ドーラック / 送油チューブ / ブル・ローラー / リコーダー / FAX用紙の芯 / シプシ / エレクトリック・マンドリン / 擦弦クラシック・ギター / カラデニズ・ケメンチェ三月、私は生きかえる
2005年7月から2007年3月にかけ録音・制作された (mp3, 4'04, 4.7MB)
春の訪れ、三月。
暗く寒く長い夜に支配された冬は、明るく温かい春の昼の陽射しに取って代わる。それまで穴蔵の中で息をひそめていたもろもろ、魑魅魍魎の類いから欲望というようなものまでが、穴蔵から這いずり出し、明るい世界へ飛び出していくようだ。
また一年、冬を越した。生き延びたんだ。季節はぐるぐると回っていく。
<歌詞>
na a a
round and round
spring has come
round and round
un deux trois quatre
here comes the carnival and spring has come
春の風 花の香り くちびるにうた (いのちのうた)
a a
<使用道具>
ジル / ダラブカ / ドーラック / 鍵盤ハーモニカ / ウト15歳の花嫁は婚礼の夜、40代の新郎と初めて対面した。新郎に待ち望んだ日が訪れ、自分の年の数の羊を花嫁の家へ贈った。
2007年2月から3月にかけ録音・制作された (mp3, 3'46, 4.3MB)
知らぬ土地の習俗だと侮るなかれ。世界は不条理で満ち溢れているのだから(年の数の羊というエピソードは実際にあるものか知りません)。
恋愛における悲劇的な局面(=互いに傷つきあう破局)と歓喜の局面(=互いの愛がかなう)は古今東西、歌というもののの主要なテーマです。
そのように天秤の両方が、悲嘆であれ歓喜であれ等価的につりあっている状況ではなく、一方にとっては悲劇的で、もう一方にとっては歓喜、という局面について思いをめぐらすこの頃です。表現者として。
自己愛という愛をテーマにしなければ、愛には二人以上の関係が必要だと思うし、その関係の軋みに耳を澄ませば、そこにも、流れる音楽があるのではないでしょうか。手をつけたばかりのテーマですが、意識的に取り組んでみたいものです。
<使用道具>
厚めの本/ ダラブカ / デフ / ソプラニーノ・リコーダー /マンドリン / ウト / カラデニズ・ケメンチェ
北国への道
2006年7月から2007年1月にかけ録音・制作された。 (mp3, 4'47, 5.5MB)
移動音楽班Sunday#9という楽団をやっていた頃書いた曲をアレンジした。その頃ものした曲も機会があれば超個人的なアレンジと楽器のセットで演奏したい気持ちはある。
最初に書かれた当時、歌詞は俳句のような短歌のような(どちらでもないけれど)一節だけだった。
晴れた日に 北国への道 蜃気楼 二人唯の夢
二人であるからして何らかのロマンスを前提にしているのだが、それがハッピーなものかアンハッピーなものかは受け取り方次第だ。時を経て、再びこの曲と向かい合ったときに、それだけで足りている気もしたが、心情を吐露するような一節も付け加えてみた。
時を切り取れたら
やはり、だからといって状況を説明するようなものではない。幸せなひとときを保存したいのかもしれないし不幸な今を取り除きたいのかもしれない。ぼんやりした夢のような曲の中で、何かに焦点が合う、というような瞬間を演出できればという意図です。
破滅への逃避行か、ある愛の頂点を歌ったものか、旅人の回想なのか、それとも。どうか自由に受け止めてください。
<歌詞>
晴れた日に 北国への道 蜃気楼
二人唯の夢
風に揺られ 土に帰る
風に揺られ 灰に帰る
雲が流れていく
時を切り取れたら
晴れた日に 北国への道 蜃気楼
二人唯の夢
晴れた日に 北国への道 蜃気楼
<使用道具>
カルタール / グンガール / チン / ケンガリ /ムビラ / 木琴 / ドーラック / リコーダー / FAX用紙の芯 / カズー /
フォーク・ギター / クラシック・ギター / エレキ・ギター / 擦弦ギター